社会人大学院生kenocoの挑戦

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母親の死の乗り越え方 末期癌闘病の記録

まだお母さんの事引きずってるの?そう彼女さんにも言われて彼女との連絡も取らなくなった。

その時は、母親を膵臓癌で亡くして一年ちょっとで、「まだ」じゃなくて日に日にその悲しみの種類が変わっているようだった。

この話は私達夫婦が仲良くしいる、親友が母親死を受け入れていくなかでの試行錯誤に一つの節目を迎えようとしている。 この節目で私のブログで親友のぐーとぐー母の事を紹介しようと思う。

母親の死にこれからどう向き合うかを30歳そこそこの私たちが出した答えである。人によっては理解しにくい表現が含まれるかもしれない事を先に謝りたい。

パーキンソン病、告知からすぐに末期膵臓癌告知

2014年の12月に親友の母親は末期癌と告知された。当時私は転職したてで慣れない仕事をするなか自分の母親も12月頭に子宮をとる手術をしていて、その心配を親友のぐーもしてくれていた。

うちの母親の手術が無事に終わる頃に、体調不良を訴えたぐーの母親も病院で検査を受けたようだった。

パーキンソン病と診断された。ぐーのお母さんは家に遊びにいくと料理を作ってくれたり、一緒に三人で釣りに出かけたり、居酒屋に行ったり、焼肉を食べたり。。。

友達の親の中ではダントツに色々と出かけて思い出があるお母さんだった。

そんなぐー母が徐々に体の自由がきかなくなるパーキンソン病と聞いたときとても私もショックだったのを覚えている。

パーキンソン病の他にも色々と検査をしているようだったが、その時はその後の検査で間髪入れずに末期の膵臓癌も告知されるなんて夢にも思っていなかった。

辛いけど優しさを感じる闘病生活

闘病生活は本当にぐー母とぐーの二人三脚という感じであった。今まで母に甘えるだけの自分を恥ずかしく思うとともに、子宮病気が早期で解決していなければ、自分も同じことをしていただろうと、とても他人事には思えなかった。

詳しい闘病生活や2人の二人三脚は、ぐーのブログを見て欲しい。

すい臓がん〜家族のブログ

母親の死は乗り越えなくていいと思った

どんなに辛い闘病生活にも前向きだった、ぐー母を思って少しでも調べた事が他の人に役立つようにとぐーはそのブログを始めた。

正直、癌が悪化してきた最後の方の記事は私ですら当時を思い出し、怖くなって読んでいない部分もある。

辛いけど、何か形にして残したい。ぐー母も喜ぶはず。そんな気持ちで、少しずつブログをぐーは書き続けていた。

そんな彼のブログが残り1記事で終わろうとしている。

ブログは書くことによって、ぐー母の死を乗り越えていく類のものではなく、ブログを書くことでさらに向き合っていく。

人によっては、母親の死は乗り越えた方が良いとか、悲しみを消化した方が良いという人が多いかもしれない。

でも、彼の出した答えは違う。辛くてもずっと向き合ってく。引きずり続ける選択をしたのだ。

「涙を流すと楽になっちゃうから葬式ではあまり泣かないようにしてる」と親戚の誰かが言っていて、深く感銘を受けた僕はそれを実践している。

ぐー母の告別式では涙をこらえる事は出来なかったけど。ぐーが向き合うことを決めたのならば、ぐー母の事では再度は私も涙をこらえて親友として一緒に歩んでいこうと決意した。

最後に

そんなぐーを黙って見届けようと思っていたがどうしても、ぐーのブログの最後の記事が今月末にアップされる予定と聞いて自分のブログで公開したくなった。

もちろん、公開の了解は得ている。

今はまだ書けないけれど、ぐーのブログの最後の記事が書き終わった後に、またぐーとの後日談を書こうと思っている。

もし、この私のブログを検索サイト経由で見ている方で不快に感じる方がいたらごめんなさい。

でも、母親の死と真剣に向き合って引きずって引きずって引きずって受け止めるそんな形もあると思ったんです。

きっと、この方がぐー母は天国で喜んでると思うから。

けのこ